イントロダクション:なぜ「1987年」を今、再訪するのか
読者の皆様、こんにちは。投資家のナッキです。今日のテーマは、1987年10月19日に起こった「ブラックマンデー」です。世界中の株式市場が一日で記録的な大暴落を経験した、あの歴史的な出来事ですね。
なぜ、私たちは今、この「過去の事件」を掘り下げるのでしょうか? ニュースのような短期的な出来事に関心があるわけではありません。真の投資家は、歴史の断層にこそ、永続的な真理(エバーグリーン・アセット)を見出すからです。
ブラックマンデーは、単なる株価の急落ではありません。それは、人間の認知バイアス、金融工学の限界、そして市場のフィードバックループという、投資の根幹に関わる普遍的な教訓が凝縮された「実験室の記録」なのです。この教訓は、AIやアルゴリズムが支配的になった現代においても、驚くほど色褪せていません。むしろ、その重要性は増しているとさえ言えるでしょう。
ディープダイブ:真犯人「ポートフォリオ・インシュランス」の心理学
ブラックマンデーの引き金は複雑でしたが、主要な推進力の一つとして特定されているのが「ポートフォリオ・インシュランス(Portfolio Insurance)」と呼ばれる取引戦略です。
1. ポートフォリオ・インシュランスとは何か?
これは、市場が下落した際に、保有する株式ポートフォリオの損失をヘッジ(保険)するために考案された、当時最先端の定量戦略でした。具体的には、市場が下落すると、アルゴリズムが自動的に先物株を売却する、というシンプルなロジックです。
一見すると、これはリスク管理の極致のように見えます。投資家は「保険」を買っている感覚で安心して株式を持ち続けることができます。
2. 心理学と群集行動:非線形性の罠
しかし、ここに一つの決定的な心理学的・構造的な欠陥がありました。それは「全員が同じ保険に入った」という点です。
歴史学者や心理学者は、市場のパニックを説明する際、しばしば「群集心理(Herd Behavior)」を持ち出します。しかし、ポートフォリオ・インシュランスは、この群集心理を「自動化」し、「強化」したのです。
- 前提の崩壊: この戦略の成功は、「市場が緩やかに下落する」という前提に基づいています。
- 自己成就的予言(Self-Fulfilling Prophecy): ある市場参加者が売ると、価格が下がり、それをトリガーに別のアルゴリズムが作動し、さらに売る。この連鎖反応は、雪だるま式に加速しました。
- リクイディティ(流動性)の枯渇: 誰もが売りたいときに、買う者がいなくなれば、価格は理論上の底値ではなく、制御不能なレベルまで落ち込みます。これは、皆が同じ避難口を目指す火災と同じ構造です。
この出来事は、ジョン・メイナード・ケインズがかつて言った「合理的な投資家」という概念がいかに脆いかを示しました。市場参加者は、個別には合理的な「保険」をかけていたかもしれませんが、集団として見ると、それは破滅的な行動の総和となってしまったのです。
現代への実践的応用:AI時代の投資教訓
1987年から30年以上が経過し、取引はHFT(高頻度取引)や高度な機械学習アルゴリズムに置き換わりました。では、我々が今日、ポートフォリオ・インシュランスから何を学ぶべきでしょうか?
1. 負の相関関係への過信
現代の投資家は、異なる資産クラス間の「負の相関」に依存しがちです。例えば、「株が下がったら債券が上がる」という常識です。しかし、ブラックマンデーが示したように、極端なストレス下では、相関関係は完全に崩壊します(しばしば「相関の収束」と呼ばれます)。
教訓: あなたのヘッジ手段が、本当にストレス時にも機能するのかを深く問う必要があります。過去のデータセット(バックテスト)は、未来の「想定外のショック」を完全に捉えることはできません。
2. アルゴリズムの「暗黙の合意」を疑う
現代の市場は、数千のアルゴリズムが瞬時に相互作用する世界です。もし、主要なヘッジファンドやクオンツファンドの多くが、似たようなリスクパラメーターや、似たような最適化モデルを採用していたらどうなるでしょうか?
これは、1987年の「ポートフォリオ・インシュランス」の現代版です。皆が同じ「シグナル」に反応すれば、市場は予測可能な反応を示さず、制御不能なフィードバックループに陥る危険性があります。
ナッキからのアドバイス: 投資戦略を構築する際、他の市場参加者が採用している「標準的な防御策」に依存しすぎていないかチェックしてください。真の優位性は、標準からわずかに逸脱した、誰も見ていない場所にあることが多いのです。
結論:不確実性を受け入れる精神の強さ
ブラックマンデーは、技術が進化しても、市場の本質—人間の恐怖と欲望によって駆動される流動性の動的な性質—は変わらないことを教えてくれます。
予測不可能な事象(ブラック・スワン)は必ず発生します。重要なのは、市場が私たちに「予期せぬ形で売る」ことを強要したときに、どのような精神状態になるかです。
アルゴリズムは効率性を高めますが、同時に「極端な事象の確率」を過小評価させがちです。歴史が証明しているのは、市場の安定期が長引くほど、潜在的な不安定性(テールリスク)は静かに蓄積している、ということです。
真の永続的な資産とは、特定の金融商品ではなく、こうした歴史的教訓から得られる「知恵」と「謙虚さ」です。市場の法則を信じるのではなく、市場の不確実性を受け入れ、それに対応できるだけの精神的なバッファを持つこと。これこそが、未来永劫にわたって投資家を守る、最も堅固なポートフォリオとなるでしょう。
※免責事項
本記事は情報の提供を目的としており、投資の勧誘や助言を目的としたものではありません。
記事内のデータや予測は執筆時点のものであり、正確性を保証するものではありません。
投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。